10月に入った、ある週末の朝。玄関を出た瞬間に、空気が違うと分かった。 半袖の腕に、ひやりとした風が当たる。吸い込んだ空気が、肺の奥まで届く。 走り出して最初の1kmで、思わず笑ってしまった。体が軽い。
夏は、走るたびに何かを削られていた
9月4日のロング走は、気温25℃の中だった。 22.16kmを2時間11分58秒。平均ペースは5’57”/km。 数字だけ見れば、ゆっくりしたジョグだ。けれど走り終えたとき、シャツは絞れるほど濡れていた。
9月13日に71分走った日も、まだ汗は止まらなかった。
夏の練習は、練習というより我慢だった。 暑さに耐えること自体が目的になって、どこを鍛えているのか分からなくなる。 そこへ、ジムで付けた余計な重さが加わる。体は重く、空気は重く、気持ちも重かった。
8月の終わり、ひと夏ぶりにペース走をしたときのことはよく覚えている。 走り出して数分で、体が自分のものではないように感じた。 暑さのせいなのか、重さのせいなのか、速さを忘れたせいなのか。たぶん全部だった。 (真夏のジムで重くなった話は、先週の記事に書いた。)
涼しさは、心拍を返してくれる
暑い日は、同じペースで走っても心拍が上がりやすい。 体が熱を逃がすことに力を使うからだ。夏の間、私の心拍は練習の強さではなく、気温を測っていたのかもしれない。
10月になって、その分が戻ってきた。 同じくらいの息の上がり方で、体が前に進む。脚が地面を押した分だけ、ちゃんと進んでいる感覚がある。 夏の間ずっと探していたのは、これだった。
ジムで付けた重さは、まだ残っている。それでも、涼しさがそれをかなり帳消しにしてくれる。 秋は、夏の失敗に少しだけ目をつぶってくれる季節だ。
天国には期限がある
「秋はマラソンの記録が出る季節」とよく言われる。 それは本当だと思う。ただ、週末しか走れない私たちにとって、意味は少し違う。
- 1 10月の日曜日は4日・11日・18日・25日の4回
- 2 そのうち3回が、レース前に涼しさを使える週末
- 3 最後の25日が、しまだ大井川マラソン当日
10月の日曜日は4回しかない。そのうち1回はレース当日だ。 平日に走れる人なら、この涼しさを毎日使える。私は週末の数回しか使えない。
だから秋は、私にとってご褒美ではない。 夏に失ったものを取り返すための、短い猶予だ。 天国だと感じるのは、それが長く続かないと分かっているからでもある。
しまだ大井川まで、あと5日
8月の終わりのペース走は、10.86kmを平均4’21”/km。手応えのある走りだった。 それでも、サブ3に必要なのは1kmあたり4分16秒のペースを42.195km保つことだ。 あの時点の私は、距離でも速さでも、まだそこに届いていなかった。
そこから、涼しくなった週末を1つずつ積んできた。 足りているのかどうかは、正直に言って分からない。 3年前の自分に並べるのか。それとも、3年分の停滞をそのまま突きつけられるのか。
しまだ大井川は、河川敷に作られたマラソン専用のコースを走る大会だ。 信号で止まることもない。言い訳がしにくい場所で、ごまかしのきかない42kmになる。
レースの組み立ては、単純にすることにした。 前半は、1kmあたり4分16秒より速く入らない。涼しいと体が軽く、つい貯金を作りたくなる。 けれど3年前の自分に並べるかを確かめるなら、前半の貯金は要らない。 欲しいのは、30kmを過ぎてもペースを保てたという事実のほうだ。
レースの朝も、今日のように涼しければいいと思う。 もし30kmを過ぎて脚が止まっても、それを暑さのせいにはできない。 それも含めて、確かめてくる。
結果は、良くても悪くても、ここに書く。
本記事は個人のトレーニング体験の記録であり、医学的助言ではありません。練習強度の変更や体調に不安がある場合は医師・専門家に相談してください。